24 2016

としまコミ大倶楽部講座「仏像の話〜その魅力と見方~」

豊島区の生涯学習である「としまコミュニティ大学」の自主ゼミである「としまコミ大倶楽部」で講義を行いました。今回は、仏像について学ぶ入門編の話を特に有名な仏像を例にあげて講義しました。また筆者の専門分野である「近現代」の視点が仏像に与えた影響についての解説も行いました。

 京都や奈良などを旅行した時、博物館や美術館の展覧会で仏像に感動したり、美しさを発見したりします。現在も多くの人々が仏像の魅力に触れています。では、何故「魅力」を感じるのでしょう。明治時代初頭の廃仏毀釈、文化財概念の成立、美術の成立を経て近代に仏像を「鑑賞」することは始まりました。筆者は、「仏像の見方」を、以下の3つに分類して解説を行いました。

① 直感的に感じる。
 感動を叙情詩的に綴ったり、歴史文学として発表されることもあります。有名な書籍では、和辻哲郎の『古寺巡礼』や白洲正子の『十一面観音巡礼』など。

② 学術的な見方。
 近代以降の仏像研究においては、尊格、素材、技法、根本経典、そして作者や時代ごとの様式について研究します。しかし、細部にばかり目がいくと、本来の感動が薄らいでしまうこともあるでしょう。学術的な見方を簡単に解説した本として山本勉の『仏像のひみつ』などがあります。

③    起源や造像背景の考察。
 尊格の起源、たとえば一つの尊格の信仰が、インドから中国、朝鮮半島を経て日本までどのように伝わったのか考察したり、仏像が作られた背景や関わった人物などをより広く考察したりします。梅原猛の『隠された十字架』のように読み物として面白い説も多くあります。

さまざまな「見方」がありますが、個人で仏像を「鑑賞」する時には、3つを組み合わせると良いでしょう。それでは2例を具体的に見ていきましょう。

<例1>  広隆寺「弥勒菩薩像」

①    直感的に感じる
 弥勒菩薩の微笑みは「アルカイク・スマイル」として知られ、「東洋の詩人」との愛称をもっています。ドイツの哲学者カール・ヤスパースがこの像を「人間実存の最高の姿」を表したものと激賞した。京大生が「弥勒菩薩像が余りに美しかったので、つい触ってしまった」 というエピソードなどが知られますが、事実であるかは不明です。しかし、多くの人がその姿に感動したのは事実でしょう。

②    学術的な見方
 この像に関しては分からない点も多いのですが、『日本書紀』に記された聖徳太子から譲り受けた仏像の可能性もあります。また韓国中央博物院の国宝「金銅弥勒菩薩半跏思惟像」との類似性も指摘されており、広隆寺の像も制作当初は金箔張りでした。本体はアカマツ製ですが、背板はクスノキ製。アカマツなら朝鮮半島製で、クスノキなら日本製と考えられ論争となっています。現在の顔は明治時代の修復が行われているので、近代的な美の基準の影響があります。

③    起源や造像背景
 半跏思惟像は、インドでは観音菩薩、中国では悉達太子、朝鮮半島では弥勒菩薩が多いです。そして日本では、弥勒菩薩が主流ですが、聖徳太子信仰の影響で如意輪観音とも言われています。
 弥勒は釈迦の次にブッダとなることが約束された菩薩で、釈迦の入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ、悟りを開き多くの人々を救済するとされています。弥勒菩薩(マイトレーヤ)は、ミトラを起源とする説も唱えられています。ミスラ(ミトラ)はアジア、ヨーロッパの広い範囲で崇められた神で、インド・イラン共通時代にまで遡る古い神格です。弥勒菩薩の救世主的性格はミスラから受け継いだものとも考えられます。

<例2> 興福寺「阿修羅像」

①    直感的に感じる
 2009年「国宝 阿修羅展」は計165万人以上という空前の入場者数を記録しています。これはモナリザ、ツタンカーメンに次ぐ記録です。堀辰雄は、「なんというういういしい、しかも切ない目ざしだろう」と、白洲正子は「紅顔の美少年が眉をひそめて、何かにあこがれる如く遠くの方をみつめている」と記述しています。

②    学術的な見方
 阿修羅像は興福寺西金堂に安置されていた、20数体の仏像から構成される釈迦浄土の群像の中にある、八部衆のうちの1体です。本来は戦闘神である阿修羅が憂いを帯びた静かな表情に表されているのは、「夢見金鼓懺悔品」に基づき、阿修羅が懺悔し仏法に帰依した姿を表現したためとされています。技法は脱活乾漆像で鮮やかな彩色でした。

③    起源や造像背景
 阿修羅像は興福寺の像を除けば、憤怒の姿で表されます。聖武天皇の妻、光明皇后が母の一周忌のため発願した像とされていますが、光明皇后が直前に息子を亡くしているので、息子の姿を写して少年にしたのではとの見方もあります。
 またアスラ(阿修羅)は、古代インドの戦闘神・魔神であり、神々と戦った攻撃的な神でしたが、アーリア人が流入する前には最高神であったと考えられ、毘盧釈那と同じ起源をもつという説もあります。さらにゾロアスター教の最高神であるアフラ・マズダーとアスラは同じ起源の大変古い神格と考えられます。

「見方」を知るだけでは「魅力」を理解できない
 仏像は信仰対象であり、仏像には魂がこめられています。例えば展示会の仏像は魂が入っている時と、そうでない時があります。仏像は個々人の体験によっても受け止め方が変わるので、近代的な美術品、文化財としての「見方」だけが、正しい仏像鑑賞とは言えません。多様性の理解も重要でしょう。
日本の仏像の半分以上は江戸時代に作られており近世・近代・現代に作られた仏像にも目を向けると、新たな「魅力」の発見があるかもしれません。


開催日時 2016年7月22日(金) 午後3時~4時30分
会場  区民ひろば高南第一 2階   区民集会室
参加者26名 マナビト研究生、2年生、1年生、豊島区民